daisuke fukushi

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フェニキア文字
Phoenician Alphabet

アルファベットの起源

現在私たちが使用することの多いアルファベットという文字体系の起源を遡ると,フェニキア文字に行きつきます。 フェニキアとは地中海東岸にある現在のレバノンにあたる地域をさし,その地で紀元前2000年紀から前1000年紀にかけて,22の子音記号をもつフェニキア文字が成立しました。この文字の生まれた背景についてはエジプト仮説,クレタ仮説,シナイ仮説など,複数の説があげられていますが,どれか一つの文字体系からの派生という明確な起源を持つものというよりも,この文字体系のもついくつかの特徴から推察できる折衷的な性格が,様〻な文字体系から多面的に影響を受けたという考え方を,有力なものにしています。
その特徴を見ていくと,例えば「母音字の欠如/右から左への運筆/アクロフォニー原理を用いる」 1 というものがあり,これらにはエジプト文字からの影響がみられます。また「語と語を区切る単語分離(分かち書き)記号として一つの線か点を使っている/著しく線形のまた慣用化されて単純化した字形」 2 という特徴からは,クレタ文字からの影響が伺われます。こうした点から20世紀初頭以来,「フェニキア文字はある個人の意識的な発明であった」 3 という見解に賛意を示している学者も多くいるようです。

フェニキア

ここでフェニキアと呼ばれていた地域について,少しその時代の様子を見ていくことにします。エジプトとメソポタミアという人類の二大文明の地に挟まれているフェニキアの住民は,地中海を中心とした広範囲にわたる交易活動によってその経済を支えられていました。そして物質的にも精神的にも,古代のあらゆる産物がこの地を経由し様〻な場所へと運ばれていったのです。もちろんアルファベットもその中の一つであり,むしろ最も重要なものであったいえるでしょう。
フェニキアには現在世界遺産に登録されている都市や遺跡が,ティルス,ビブロス,アンジャル,バールベックと複数あり,中でもビブロス(現在のジュベイル)では紀元前1000年頃のものと思われるフェニキア文字の碑文が,当時のビブロス王アヒラムの石棺の上に見つかっており,現存する碑文としては最古のものとなっています。このビブロスという地名は,エジプト産のパピルスをこの地経由で輸入していたギリシア人が呼んだ名で,ギリシアではパピルスを意味するそうです。ギリシア人がこの地を書物を作るためのパピルスの出所として認識していたことから,その名称が書物である「バイブル(聖書)」の語源にもなりました。文字の進化には,使用される道具の存在も大きく左右します。残念ながらパピルスは耐久性に乏しくフェニキア人についての記録はあまり残されていませんが,それでもこの地でフェニキア文字が成立できたのも,多くの交易とともにここを経由していくパピルスの存在が大きく関わっていたのかもしれません。

宗教の関与

西洋における文字の進化,また建築様式においても,宗教からの影響を無視するわけにはいきません。例えば西洋でのラテン文字の進化は,各地の修道院などで行われていた,聖書を流布させるための写本制作とともに発展してきましたし,建築では人々の太陽信仰により,縄文時代には立柱を建て,新石器時代にはスタンディング・ストーンを思いつき,そして太陽を目指しより高さを求めたエジプトのピラミッドへと繋がっていきます。さらに古代を過ぎると西洋の建築史は,教会堂や修道院といった宗教施設とともに語られることがほとんどです。このように様〻な側面から影響を与えうる宗教の存在が,フェニキアという文化交流の盛んだった場所ではどのような位置付けとして扱われていたのでしょうか。
フェニキア人の宗教において重要になってくるものが,農業社会とも密接に結びついている生産力信仰にあります。その成長や再生への崇拝が,太陽に向けられていたと想像できる手がかりとして,フェニキア人の残した神殿建築に見られる聖柱や聖棒の存在が浮かび上がります。これらの遺物は,おそらく偶像崇拝を逃れるために用いられたものと考えられており,具体物を避ける傾向をその信仰の中に垣間みることが可能です。そしてその傾向が,フェニキア文字の「著しく線形のまた慣用化されて単純化した字形」 4 に及んだと話を結びつけることは,少し考えを飛躍させすぎているでしょうか。
このような捉え方に,多少なりとも勇気を与えてくれる事例をイスラムの世界に見ることができます。そこでは人間・動物・植物などを装飾に用いることが禁じられています。絨毯織りなどの模様を見るとその図柄の表すものが何なのか,よく分からなくなっているほど象徴性・具体性を欠いており,そのような装飾の様式にまで変化を及ぼしてしまうところに宗教の持つ影響力を伺うことができるでしょう。そしてこれらのことから偶像崇拝を避けることと表音文字との間に関係が認められ,また,それを肯定することと表意文字との間にも関わりが見られるのであれば,象形文字である漢字が生き残り使われ続けている日本や中国が,何らかの神像なり仏像を崇拝する信仰を,宗教の中心としていることにも考え方が繋がるのではないでしょうか。

1|フェルデシ=パップ 1988,p. 107
2|フェルデシ=パップ 1988,pp. 102–106
3|フェルデシ=パップ 1988,p. 107
4|フェルデシ=パップ 1988,p. 107



Date: 161201

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