daisuke fukushi

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ギリシア文字
Greek Alphabet

完全アルファベットへの進化

紀元前12世紀から前8世紀の間,ギリシア本土の歴史は闇に覆われた「暗黒時代」と呼ばれています。そしてこの時期に,人類史上初の完全アルファベットと称される,初期ギリシア字アルファベットが形成されました。またこの暗黒時代には,北方からギリシア本土にドーリア人が侵入し,その混乱期を経て各地にポリスと呼ばれる都市国家が多く形成される時期でもありました。
ギリシア文字は,古代ギリシア人によってその大部分をフェニキア文字から引き継ぎ,さらに3つの記号(Φ,X,Ψ)が加えられます。そして,すでにフェニキア文字に含まれていた,半子音字からの変種として,a音,e音,i音,o音をこの完全アルファベットにおける最初の母音記号として用い,また「Ω」をその最後におかれる記号として追加しました。ギリシア文字体系はこのような段階を経て,言語の最小単位である単音文字を取り入れるという偉業により,完全なアルファベットへといたります。
字母の置き換えや追加はこうした段階を踏んできましたが,その形体についてはどのような経緯が見られるのでしょうか。ギリシア文字は,その元となったフェニキア文字に比べるとより規則正しい幾何学的な特徴が目立ちます。「フェニキア字母の線の長短の極端な違いが平均化された/次第に正方形の形体を保持するようになった/明快性と単純性への努力が複雑なフェニキア字母を簡素にした」 1 という点などはまさに,ギリシア人の美的感覚や平均性,調和感が如実に表されており,このような簡素化や変形は,前6世紀半ばからのほぼ100年のうちにすでに完成を見ています。
その後もギリシア文字は,復古的傾向や方形化へ進む動き,また曲線を多用するなどの発展が見られ,さらにラテン字アルファベットの影響を受けながらも様〻な進化を続けます。しかし15世紀になると,その完全アルファベットとしての立場をラテン文字に譲り,徐々に衰退への道を辿ることになりました。

民主政の始まり

ギリシアという国が当時どのような都市を形成していたのか,その様子もここで少し見ていこうと思います。古代ギリシアの社会では,紀元前16世紀初頭に始まる王政から,貴族政を経て前5世紀には民主政の完成を見たように,政治体制が次第に移り変わっていきました。前述したポリスの成立は,その中でも前8世紀中頃に始まる貴族政の時期にあたり,王の下に権力が集中し小王国が分立していた時代を通り過ぎて,貴族政から民主政へと,徐々に平民層の自立や地位の向上が目立ってくる時代でもありました。そのような中で形成されたポリスは,小さな共同体が連合しあう形で,その規模は「国民相互が『知り合っている』程度の人口/一目で見渡せる広さ」 2 を有する非常に小さなものであったようです。暗黒時代を抜け出したギリシアの風景には,そのように細分化された社会が現れることになります。

美意識と社会

そしてこの時代,古代ギリシアでは神殿を中心とした建築物が数多く建てられ,その構造は木造建築によって始まります。のちに,多くの遺跡などでも見られるような石造へと進化していきますが,当初は木材を使い,それが石に置き換わったあともその形象やディテールは木造のそれを引き継いでいきました。そしてオーダーと呼ばれる柱の形状とモデュールという比例の考え方を基に,柱と梁による簡素な建築美を追求していきます。この比例に関しては,古代ギリシア人のもつ「美しい容姿の人間に美の基準を求める」という美意識により,人体の寸法を基にした比例が用いられていたようです。さらにシンメトリーへの強い関心も,ギリシア建築に見られる特徴の一つであり,前述した,ギリシア文字に新しく追加された記号のどれもが左右対称となっている点や,また文字にも建築にも,同じく簡素化を求めている点などを照らし合わせてみると,そこからギリシア人の美学的な嗜好を窺うことができると思います。
そのようなことを踏まえつつ,古代ギリシアの社会を捉えようとしてみると,建築史家である藤森照信氏の「小さくても美しい質」による「点景としての建築」 3 という解釈になにかヒントが隠されているように思います。この視点で古代ギリシアの様子を振り返ると,その時代,文字には最小単位としての単音文字が,また都市や建築には,ポリスの形成や,人体寸法とモデュールを基準とした小さなスケール感が,そして新しい社会秩序として,平民の自立性からくるギリシアの個人主義が,どこか共通した視点をもって現れてきたように思います。単音文字,ポリス,モデュール,個人主義,それらはすべて,小さな一つの単位が集まり,繰り返されたり,組み合わされることで完成する世界観です。そうした「小ささ」を核とした,ものや社会の細分化ともとれる現象は,ギリシアの地でこの時代が求めていた必然だったのかもしれません。

1|フェルデシ=パップ 1988,p. 152
2|岡崎 2003,p. 37
3|藤森 2011,pp. 84–86



Date: 170205

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